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jun igarashi architects
illustration by Midori Kambara
© 2002-2009 Jun Igarashi Architects

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大石くんのオルドスレポート④


大石くん、4日目のレポートです。
草原での朝や、
クリティックなど臨場感に溢れています。

Day 4 (27th June)

日の出

まさかパオで目覚める朝が来るとは、思ってもいませんでした。
明け方4時半。目覚ましをかけていたKAZさんに起こしてもらい、
地平線から昇る日の出を見に行きました。

パオから出ると肌寒い空気でした。
パオとは意外と気密性のあるものだったみたいです。

見上げればまだ夜の帳はうっすらと被さっていました。
東には闇のような大地が途切れたところが、
ぼんやりとオレンジになっていますが、西はまだ暗闇です。
その両側を同時に見たことは、いまだかつて記憶にありません。

刻々と変わっていく空の色。濃い深い青の下から、
輝くオレンジが重なり混ざり合う。光が大きく手を広げて、
夜の透明感を埋めていく感じ。空とは宇宙で、
地球からずっと遠くに広がっていて、その手前に太陽があって、
そこから注がれる光はやっぱり宇宙より手前にあると分かる感じ。
ひどく奥行きがあるのです。

辺りは静寂でしたが、それでも雄大で力強く、
胸を内側から破らんとするような激しさを持って、
何か人を強く湧き立たせるようなものがありました。
溢れだす命といった感じでしょうか。

そして太陽は昇ってきました。その瞬間は、
光がふっと、降ってきた感じです。
ベールをかぶった感じです。
(ホントはかぶったことはないです。
カーテンのレースにくるまった感じというのが僕の実体験です。
とにかく宇宙との間に一層増えたなと分かる感じです。)

圧倒的なまでの輝きに包まれて、
その光の塊が昇ってきた方向を見据えていると、
そこに世界、生命の始まりがあるように思えてくるのです。
すごいものでした。

その後は、1人で草原探索に出かけました。
歩けども歩けども背後からパオ村がなくなりません。

方角を見失ったら怖いというか、見失いそうにありません。
見えている範囲と動いている範囲の、
ギャップがこんなにも大きいとは驚きです。

街にいれば、曲がり角ひとつ、
ドアひとつで(今思えば大きな)変化がありましたから、
変化は実に日常茶飯事です。
少しの人の動きで、大きく状況が変わる状態が広がっている訳です。

ここは、僕が走ろうが叫ぼうが、な~んにも変わりません。
(どっちもやってみました。)
今までは、劇的な変化を(目新しさを)常に意識していた気がしますが、
すぐそばにある何かが、
全く変わらないでいることがここまで劇的だとは思っていませんでした。

10:00。草原を後にし、オルドスへ帰りました。
大満足です。後は砂漠です。(今一度すいません。)

クリティーク

クリティック

ホテルに着いたのはちょうど正午をまわった頃です。
クリティックは16:30からなので、
昼飯の後、部屋でイメトレに入ります。
あぁ来たらこう応答だ、といった具合です。
ただ、予想より遥かに一瞬でクリティックは終わってしまいました。
まず、要点の書かれた紙が渡されました。そこには、

1. Good.
 
良い。

2. Design based on climate adjustment is proper,
  however vertical air movement and filtered light need further study.
 
気候に適応したデザインは適している。
ただし、鉛直方向の空気の移動や、
トップライト(釣り天井、梁)を通して落ちてくる光に関しては、
更なる検討(前進)が必要である。

3. The relationship to its neighbors is not sensitive.
 
隣家との関係性への意識が足りない。
とだけ書かれていて、それをFAKEの若いスタッフさんが読み上げて、
じゃあ頑張ってきて下さいね~、といった具合でした。
8人ほどいたと思いますが、話をしているのは、
その若いFAKEの方と
フィル(シロクマさん、UNIの人がつけたあだ名)のみです。

あとは、こちらを見ることなく何やらおしゃべりです。
ぽか~んとしている僕に、
「後は~、構造とか、建築費用の算出とかを出してきてくれ。」
「とにかく進めてくれればいいよ。」といったこと付け足されました。

構造という言葉にはっとして、構造に関しては、
構造家の長谷川さんに鉄骨の配筋を割り出してもらっていて、
このプランで実現できるということを説明しました。

・・・が、反応は特になしです。はい分かった、という感じです。
それでほんとにやり取りはおしまいです。あれ?終わり?
という顔をしながら僕が立ち上がると、
それまでぺちゃくちゃ内輪話をしながら
全くこっちを見ていなかった中国人の方々が、
「ね~、早いよね~」と言うかのようにすごい笑顔で僕を見送っています。

さらに、部屋のドアに向かって振り返ると、
僕の後ろで一人ソファにどっしりと座っていた
FAKEナンバー2であろう方(クロクマさん、UNIの人がつけたあだ名)が、
これまたものすごい笑顔とアクションで、グーサインを僕に連発しています。
会場は爆笑です。

まぁなんだかんだとっても良い評価をもらったのだなという印象で、
部屋を後にしました。 

あっけにとられてしまっていて、後々考えると、第3項目に対しては、
異論を唱え、認めさせるか、今後のために、もっと情報を、
何がどう駄目なのかというところを、聞き出してくるべきでした。
失敗です。
とにかく、更なる情報はまたe-mailで送ると言っていたし、
そちらに期待するとします。

部屋の外にでると、
敷地がお隣さんのスイス・バーゼルから来たHHFの方がいて、
「僕らお隣さんだよ。よろしく。」と声をかけてくれました。

クリティックの内容を聞かれ、本当に短かったと応えると、
「君たちの作品がベストだって、アイウェイウェイが言ってたよ。」って、
雰囲気から察するに多分社交辞令だと思いますが、
まぁいい評価はしてくれてたとみていいかと思います。

それで、「ブックがあったら見せてくれないか。」と言われたので、
急いで部屋に戻って、自分のブックを持ってきました。
「窓はホントにないんだ・・・。換気はどうするの?」
「全部機械です。でもほら、こうして隠してある。」、
「うん、この断面図いいね~。
・・・この高い部屋が僕はすごく好きだよ。」という感じに、話をしました。

どうやら彼はクリティックの部屋の前で張っている様子、
「ありがとう。それじゃまた、お隣さん!」と言って、
次の人のところに声をかけに行きました。

これでオルドスでの僕の仕事はまぁ終わった訳です。




大石くんのオルドスレポート③

全体模型画像

大石くん、3日目のレポートです。
彼が感じた、
このプロジェクトの世界の建築家の作品に対する違和感。
それは人間として至極シンプルなモノだと思います。
こう言う感覚を何時までも忘れずに居たいですね。。

Day 3 (26th June)

さて本日は、昨日の夕飯の時、藤本さん、KAZさん、関本さんと
「行こうかっ!」といことになった草原ツアーに行く日です。
実は相当楽しみです。(すいません五十嵐さん。)
どこまでも見渡す限りの草原、
っていうのは一体どんな感覚になるものなのか。・・・楽しみです。

違和感 ‐欧米と日本の違い(浅はかですが)‐

草原ツアーまでの時間は、皆様のプレゼンを聞いて過ごしました。
そこで湧いてきた違和感は、ちょっと気に入らない違和感でした。
彫刻のような建築が多いというのは、
パネルや模型を見ていたから気付いていたところなのですが、
プレゼンで、その彫刻を削り出すためには実は数々のルール、
法則、方程式のようなものがあって、
それが○○で、□□となって、・・・。
そうした話を聞かされると、
どうも僕には納得しにくい建築になってくるのです。

太陽の動きを考えて、
開口部を○○して、内部の環境をよくするのだ、とか、
そういった「程度」なら理解できるものの、
どうもあれこれと、
人間の感覚とは関係のないようなところから法則が出てくると、
それは建築家の自己満足でしかないのではないか思うのです。
なんだかよく分からない形に、
例えなんかごちゃごちゃと法則があったとしても、
それが良い物になるかといえば、そうとは言えないはずです。
それが、形態を導きだす為だけのものならば、特にです。
大切なものを蔑ろにしています。
それか、それが分からないが故に隠すための法則です。

僕は、建築に対して深い思想や、
方法論を持っている訳ではありません。
よい建築とはこうあるべきだ、といった尺度も、
強く持っている訳ではありません。
ただ、自分がいいと思うものをいいと言える、
そうした自分を持つ心掛けはしているつもりです。

(そんな訳で、これは「よくない」と思うのです。
ひどい言い方ですが、建築家のオナニープレイ建築です。
英語にしてMasturbation Architectureです。
こう言うとしっくりきます。はたまた建築宗教建築ですかね。
ある(自分でつくりあげた)宗教ガイドにのっとって、
造った建築は絶対的である、と。神の目目線です。
オウム真理教が理解されないように、
一般的にそれが理解できるものではないのです。)

ある晩、FAKEのフィルというアメリカ人と話す機会がありました。
KAZさんがアメリカモードに入り、
本場仕込みの英語建築トークが炸裂すると、
(僕にも分かるところは分かります。)フィルが、
似たような違和感を持っているということが分かりました。

FAKEに入って2年間、
アメリカで勉強してきたものとは全く違う経験だそうです。
「建築とはこうもシンプルにできるものだったのか。
・・・でも、そのシンプルというのが実は、
ほんとに難しくてなかなか出てこない。」
(ここでいうシンプルは、
いわゆる日本でつかうシンプルと同じではない気がしますが、)
ほんとにそういうことなんだと思います。

その後、1/250の全体模型の前で、
ハーバードの学長と建築の学科長が、
(僕には遠すぎてどうでもいいような人)何やら2人で話していました。

僕には何も面白いものではありませんでした。
というのも、「あの形がカッコイイ。」だとか、
「この2つは、敷地が入れ替わった方が絶対カッコイイ。」だとか、
終始形態の話をしていたからです。

そもそも1/250の模型を前に、
よくもあんなに話ができるものだと思います。
あれは外観しか分からない、むしろただの置物に近い。
なるほど形態だけの話をしているのなら事足りるということです。
僕には、ああも並ばれると“建築的な”
変わったテーマパークにしか見えないのですが。

ちょっと馬鹿にし過ぎでしょうか。
ただ、あの方々はすごい人達なんです。
それはどうやら事実です。
行くところまで行くと、
建築を考えるとはこんなことになってしまうのだろうか。
ならないと思いますが、ちょっとした危惧です。
僕にはどうにも納得できないところでした。
ちょっとまだうまく説明ができていません。すいません。


草原に佇む藤本

草原へ

藤本さんのプレゼンを聞いたあと、いざ草原ツアーへ。
8人乗りバンに乗り込むと、
バンはひたすらに何もない荒野を走り続ける。
辿り着いたのは何もない場所。
来れるところまで来た、
その時は、最後に行き着く場所といった感じでした。

その後、本格的なパオに泊まるために一悶着。
乗馬のためにまた一悶着。
芋蔓式にお金を巻き上げられました。
 
草原の日没

夕暮れ時は圧巻でした。
遠く西の地平線に、太陽が沈み始めたころ、
荒野を西から強風が駆けた。
西の地平線は黄色く砂塵が舞い、強烈な影を物体に刻み、
立体感を際立たせていた光は、神秘的に霞んでいく。
頭上には灰色の雲が立ち込め、稲妻が走る。
後ろを振り返ると、その雲から、
灰色の柱が大地に向かって伸びていく。
滝のように雨が降っているのだと分かる。
その脇には虹が出ていた。
遠く東の空はさらに暗く。
いくつもの稲妻が、大地に向ってその矢先を突き立てている。
薄暗く霞懸った草原は、さらに距離感を失くし、
無限の広がりを持っている。

僕は原初のどこかに立っている気持ちになった。
生まれたてのこの場所は、まだ名も輪郭も持たず。
動き出した空は、その表情を定めることを知らず。
大地にはまだ、何ら存在というものが生まれていない。
ただ大地と空があり、その間を太陽が照らしていて、
それらはまだ勝手に動いていて、互いの距離感を知らない。
そこに1人意識ある自分が立っている。
この明快な世界が、ただそれだけでいることが、
想像を遥かに超えて壮大であった。

(シンプル)な場所は、
(シンプル)であるがために個々がよく見えてくる。
あれだけの表情を持った空も、
太陽も、ただの草原も、はじめて見るものでした。

日が沈むと、強風と共に分厚い雲は東へと流れていて、
遠く東の空にはまだ、音もなく閃光が瞬いていました。
にもかかわらず、頭上の空は静かなものです。
ゆっくりと流れるいくつかの雲の奥に、
幾千、幾億という星を称えていました。
草原に座り込み見上げていると、雲が手前なのか、
星が手前にあるのか分からなくなるような、
そんな錯覚を起こしました。

原初のこの場所は、宇宙により近いのだろうと思いました。

17歳のお手伝いの少年

泊まったパオ村に、
1人片言ですが英語を喋れる少年がいました。
夜中、といっても10時くらいでしょうか、
1人で夜空を見ていると、
その少年が手持無沙汰に近づいて来て、
しゃべりかけてきました。
なんでも、僕ら以外に泊まりに来ている中国人の団体が、
まだ大パオでパーティーをしていて、
彼は、その団体が、自分たちの泊まるパオに戻るときに、
懐中電灯を使って道案内をするのが仕事だから、
残ってないといけないのだとか。
感心です。純粋な子です。
それで、待っている間、少しの2人で話をしました。

彼は、オルドスの高校に通う学生で、
夏休みの間こちらにある実家の手伝いに帰ってきているそうです。
気になった話が、四川省での地震のときの話で、
僕としては中国の対応はどうも鈍かったね、
と言いたかったのですが、
僕が「そういえば、四川省の地震は大変だったね。」と、
その話題をふったとたん、
「いや、でも中国政府の対応がとても素晴らしくて、
被害は小さくてすんだんだ。」と、
すごい自信を持って言いきられました。
僕は恐怖さえ感じました。
この無垢な子が。
結局その後、何も言えませんでした。

中国の教育はある意味完璧です。




大石くんのオルドスレポート②

2日目会場

大石くん、2日目のレポートです。
細かな描写がとても面白く、
その場の雰囲気が伝わってきます。

Day 2 (25th June)

プレゼン前

とりあえず朝8:30からのプレゼンを見に行き、雰囲気を把握。
昨日の時点で分かっていましたが、
五十嵐事務所にあてがわれた席にびっくりです。
ほぼ中心。
1/250の模型を挟んでアイ・ウェイウェイが目の前にいます。
これは聞いているだけで緊張します。

さてさて、座る場所は他にはない訳で、
とにかく座ってプレゼンを聞くことに。
スケッチブックを引っ張り出して講義でも聴くかのように、
シャカシャカとペンを動かしているのは僕くらいでした。
学生モロバレですかね。
メモを取っている人はいましたが。

スケジュールに書かれていた1人1人に配分されている
プレゼン時間は15分、僕が聞いていた1人のプレゼン時間は7分。
移動やら、模型運び、
ブックを配るのを考慮したとしても全然違うけど、
今から内容を増やすのか・・・どうしようか・・・。
と、思っていたけど、プレゼンを聞いていて納得。
中国人の同時通訳者がいて、2、3文ごとに、
同じだけ中国語しゃべっていました。一安心です。

プレゼンは、皆さん堂々としていてさすがだなといった感じ。
内容はというと、後に控えた自分のプレゼンが気になって、
あまり集中して聴けず、
プレゼンしている人ばかりを見ていました。
ほんと、こんなにしっかりしているとはね。
またしてもビビってしまいました。
ただ、どうもプレゼンというよりも、
報告をしているような雰囲気も感じられました。

昼飯を食べた後は、
時間まではイメトレしようと部屋に戻りました。

プレゼン

プレゼン30分前。
ブック8冊と1/100を持って自分の席で待機。
その2つが前に重なると、前が見えません。
回りから見てさぞおかしいでしょうね。
でもしょうがないんです。両隣埋まってましたから。そうなんです。
外人さん達は意外とマジメで、皆様ずっとプレゼン聞いていました。
それがまたちょっとプレッシャーでしたね。

いよいよプレゼンのときがやって参りました。
見慣れたブックの表紙のオレンジが、
鮮やかにスクリーンに映し出されました。
不思議とそんなに緊張はしていませんでした。
イメトレ効果でしょうか。
KAZさんに胸を張れと強く言われたからでしょうか。
とにかく、いい感じです。
スタスタと前に出てって、ブックを配り模型を回していただきます。
そしてパソコンのもとに着席。準備完了。
あとはスムーズにプレゼンです。
いいタイミングで中国語が入ってくれて、
こちらとしては、いいペースでプレゼンできました。
藤岡先生(名工の英語が得意なデザインの先生)に言われたように、
ゆっくりと周りを眺めてみましたが・・・、暗くてよく見えません。
まぁ普通に皆様聞いているようです。
作戦として、
はじめに主催者側を少しもち上げるようなプレゼンをしたものの、
同時通訳者がいるくらいです。
英語を言った段階では反応なし。
ただ、中国語が終えても反応なし。残念。

めげずにプレゼンを続けます。
レーザーポインタを借りて、
一番大切な居室の環境のパートはしっかりゆっくりプレゼンしました。
本当はそんな付け焼刃的にレーザーポインタを使うなんて良くはないな、
と思っていたのですが、
棒では練習していましたし、
(まさかこんな広い所でやるとは思っておらず)要領は一緒、
ほどなくやれました。

こんな具合にプレゼンは無事終了。受けはどうだったか。
直後にはよく分かりませんでした。
とりあえずほっと一息です。
後ほど、藤本さん、KAZさんに、プレゼンに対して、
「堂々としていたよ。」と言ってもらえたときは、
うれしかったというか一安心、肩の荷が下りた感じでした。

インタビューと葛藤

プレゼンが無事終わったこともあって、一段落、
かなり落ち着いて周りが見えるようになりました。
やっぱりだいぶ緊張していたようです。
間違いなく今は顔が緩んでるんだろうなぁって分かるくらいです。
回りの反応もちょくちょく聴けましたし、
それらが良いものだったというのもあります。

そんなときです。
インタビューを受けてと突然FAKEの人言われました。
聞いてないことです。どうやら、みんな受けている様子。
どっかで情報を聞き落としたでしょうか。
西川さんにとりあえず電話して、
自分でいいのかと聞いてみる。
あまりよろしくないという御返事。
写真はさすがに大石じゃまずいから、
ボスのを撮って送っていいか聞いてみてとのこと。
FAKEの人にそれを言うと、
「何故あなたじゃ駄目なのかっ?」と怒り気味。
「あなたはボスの代わりに来ているんでしょう?」と、
事務所代表であるはずだ、というとこを押してくる。
まぁ御もっともですよ、普通なら。
ただ少し僕の場合は条件が違う。
送られて来てはいるものの、
別にとある事務所のようにこのプロジェクトを初めから任された、
事務所の担当者というのではない。
僕はあくまで、途中から加わった作業要員であった訳で、
どういった思考のプロセスを辿って、
何をどのように選択してきたかということは、正確には分からない。
確かにそうしたことを考えて北海道で過ごしていたし、
帰ってからもこのプロジェクトを眺めていたが、
やはり分からないことは多いのです。
クリティックに対しては技術的な話が主になると聞いていたから、
その点は大体は把握している。がしかしである。
そういった建築家の思考、
思想に立ち入るような質問は僕には答えられない訳です。
かといって「僕は実はただの学生なんで。」という訳にはいかない。
それは相手方に失礼ということもあるし、
やっぱり確かに五十嵐事務所を代表してきている、
ということになるからだ。
この葛藤にはずいぶんと後まで悩まされました。

最終的には僕がインタビューを受けました。
助かったことに、内容は大したものではなく、
このプロジェクトについてどう思うか?といったような、
きっと例のドキュメンタリーの、
一部なのだろうと容易に判断のつくものでした。
ドキュメンタリーというのも、
北海道で五十嵐さんがそれらしいものを、
撮っている連中がいると言っていたやつです。
アイ・ウェイウェイだけを始終追っかけているという。
確かにプレゼンルームにもそんな連中がいて、
プレゼンをしている当の本人を撮るのではなく、
プレゼンを聞いているアイ・ウェイウェイの顔を、
どアップで撮っているといった、
なんともおかしな状況がありました。
なるほどそのためのインタビューであれば、と考えれば、
まぁ気楽なものです。
こっちの説明はそうはいらない。
相手を立てればいいのですから。
案の定、そういった内容の質問ばかりだった訳です。

さて、写真はというと、ぐだぐだと断わり続けたものの、
とにかく撮らせろ!と言われ、仕方なく承諾。
(五十嵐さんの写真を送れるように、
担当者のアドレスはメールにてお伝えしてあるはずです。)カメラマンが、
ついて来い、と明るいホテルの室内庭園へ。
そこでそのおじさんカメラマンがバシバシ、バシバシと、
写真を撮ってくるのです。
まさにテレビで見たことのあるような、
モデルが写真を撮られているあの風景です。
光を集める反射板が自分に向けられ、ポーズとれだの、
模型を顔に近づけて持って、それを覗き込みながら、
カメラの方を見てくれとか。
おいおい、いくらなんでもやりすぎでしょ、という感じ。
撮影はほどなく終了。
帰り道、何故あんなに撮ったのか、
とおじさんに聞いてみると、おじさんいわく、
「72人も写真を撮っていたら、
みんな同じポーズじゃ飽きちゃうだろ。」とのこと。
・・・72人の普通の写真が並ぶ。
なるほど、確かにそうですね。納得。
写真を撮っているときは、
怪しいおっさんにしか見えなかったけど、
この人プロだな、という評価に変わりました。
にしても、モデルになるっていうのは、なんか嫌です。

その日の午後は、いろいろ終ったこともあって、
すがすがしい気分で過ごせました。

大石くんのオルドスレポート①

北京空港

今回、五十嵐事務所の代表として行ってもらった、
大石君のレポートが届きました。
かなりの分量ですが、かなり面白い内容です。
8回に別けてアップ予定。
お楽しみ下さい。

Day 1 (24th June)

出発

5時起床。6時5分鶴舞発、6時7分金山着。6時12分金山発、
6時43分セントレア着。
6時50分には中国東方航空のカウンターの前に立っていて、
e-チケットを見せ搭乗券をもらい荷物を預け、
7時、保安検査場が開門すると同時に通過。
・・・フライト時刻は9時なのに。
国際線は2時間前が目安だって言ってたじゃん。

海外は2年半ぶりで、しかも、いったん保安検査場を通過すると
もう戻れないとか、そうゆうことは久しぶりでもう忘れていまして、
円を元に変えようと思っていたのに、
円を下ろす銀行がない。余裕が一転、早くもピンチです。
西川さんは4万円換えて行って多かったと言っていた・・・
さて、今回はどんなもんで足りるのかと考えてみる・・・
財布の中には2万5千円・・・。 ・・・まぁいっか。
とりあえずそれだけ元に換えて、節約旅行を心がけることに決定。

乗り換え

青島経由は知っていたけども、なぜか一度飛行機を下ろされる。
そこで入国手続き。
青島の空港で、乗り換えの飛行機に向かうため、
中国東方航空のお姉さんの指示に従って、ぞろぞろと歩いていると、
中国人の有名人がいたのでしょうか、
携帯のカメラを構えた若者がぞろぞろと着いてきて、囲まれる。
いちいちどたばたしていたら疲れます。

北京首都空港第3ターミナル

オリンピックに向けて造られたという北京首都空港第3ターミナル。
この空港、全ターミナルを合わせると世界一なんだそうな。
・・・さてどうだか。
12:55。僕が着いたのは第2ターミナル。
荷物受けから出たところで、
何と「ORDOS100」のプラカードを持った、
FAKEの若い中国人2人が待ち受けていました。
どうやら僕一人のために。びっくりです。
その2人に連れられて、第3ターミナルに向かうシャトルバスへ。
そのうちの1人、アレンという名の青年は、
日本に1年住んでいたそうで、片言の日本語でご挨拶。
シャトルバスに乗せられて、その方とはさようなら。
その後が長いこと。なるほどでかいね。
別の空港に向かってんのかっ!?って少し思ってしまいました。

集合場所の第3ターミナルのJエリアへは、16:00時集合。
まだまだ時間があるので、見学したいものの、
手にはでかいトランクと模型。
仕方なく、ターミナルのチェックインカウンターの全貌が
見渡せるところで、昼食をとりつつ時間を潰すことに。
ちなみにバーガーキング。他は高そうだったので。

15分前に集合場所に行くも、目ぼしい集団は全くいません。
さっきのFAKEの人が一人いたんで、
荷物を見てもらうことにしてちょっと見学。

集合時間30分過ぎくらいにようやく皆様が集合。
こうして眺めてみるとかなり大きな集団。
人種はめちゃくちゃ。ただ、
みんなが揃いも揃って段ボールの箱的なものを持っている。
怪しい集団です。

とりあえずまず、塚本さん、藤本さんにご挨拶。
オルドス行きのチケットを入手後、時間があったので、
日本勢プラス、
イギリス・ロンドンのシモン・コンドルさん
(あのジョサイア・コンドルさんの孫だそうで、驚きです。)、
スイス・バーゼルのクリスさん、
チリ・サンティアゴのアレシャンドロさんと食事に。
早速飛び交う英語に少々とまどうも、
コンドルさんと藤本事務所のKAZこと米田一晃さんの、
本気建築英語トーク以外はついていけました。
食事とはいうものの、皆様つい先ほど食事は済ませたとのこと。
どうするのかと思えば、
「じゃあ飲みますか!」というまさかの提案が塚本さんから。
・・・はい?と思えば、
まさかの「そうですね。」返事が藤本さんから。
結局ビールで乾杯です。
その間、KAZさんとアルコール45度の中国地酒に挑戦。
というか無理やり挑戦。はっきり言ってうまくなかったです。
後々、行きの飛行機には第一陣と第二陣があったということを
聞いたのですが、多分記憶がないのはその酒のせいですね。
たぶん。

オルドス着、ホテル着

オルドスに着いた頃には22:00を回っていました。
バスが2台お出迎えに来ていて、
乗り込むも、期待していた草原・砂漠の景色は
真っ暗で何も見えずお預け。
バスの中で資料を渡され、
目を通してみるとプレゼンは明日の16:30。
発表までの時間が、こうして現実味を帯びてくると、
少し緊張です。
ラスベガスのホテル・ミラージュを思わせるような、
噴水をたたえた公園の脇を通り過ぎ、
ネオンライトの照明に包まれた、
なんかけったいなホリデーインに到着。
オルドスのファーストインプレッションは、けったいでした。

部屋番号は2402。4階の部屋でした。
部屋は既に開けてあるから直接部屋に行って下さいとのこと。
僕の部屋は開いていたのですが、
僕の部屋の向い隣の、
イスラエルのおばちゃんの部屋は開いておらず、
一時荷物を僕の部屋に置いてくれって、
それで荷物を入れるとすたすたとフロントへ。
なかなか戻ってこない。・・・夕飯が。
部屋が開いてないって人が結構いたみたいで、
時間がかかってしまったそうです。
部屋はQueen sizeのベッドが2つに、
シャワーとは別にバスタブもついた豪華な部屋。
とりあえずまず、
模型の修復箇所がないかを確認。無事でした。

1/250模型

夕飯を食べて、
一通りホテルに並べてある作品を眺めて回ることに。
あれ?夕飯の話少なくない?というのも、
いたって普通だったのでさして書きません。
想像通りの一般的中華です。
強いて挙げるなら、ちょっと匂う羊の肉があったくらい。

プレゼンをする大会議室を覗くと、
1/250の模型を置く敷地模型が部屋のど真ん中に。
それを3重、4重と囲んで、長机が置いてあり、
それぞれの建築家のネームプレートが置いてありました。

1/250の模型は、1st phase の作品まぎれて、
ちらほら2nd phase の人達ももう作品を置いている様子。
部屋に戻って、模型と模型道具を手に、
もう一度大会議室へ。
ここが緊張の瞬間。
西川さんが定規片手に自ら計ったという
1/250の模型を差し込む窪みに、
我らの模型は入るのか。
差し込む瞬間は周りの皆様もFAKEも注目なんでしょうね。
視線とカメラがちょっと集まります。
大丈夫でした!すっぽり入って完璧でしたね。
アトリエ・ワンの模型は全く入らなかったようで、
関本さんがカッターを取り出して削る作業をしていました。
他にも削っている人は結構いまして、
ヤスリ持ってきていたりと、
大会議室は絨毯だというのに、
プレゼンを明日からに控えながらも、
早速よごれてしまっていました。
そこに塚本さん登場。どうするのかと思いきや、
関本さんから模型をちょいととると、
ここに切れ目を入れてと指示、
そして大胆にも建物の基礎部を「バリッ」って剥がして、
「ハイ、オッケー。」みたいな。
敷地にはめる、というよりは、
基礎がはがれて薄くなった地面の面が、
窪みを塞ぐように、乗っかっているという具合。
その作業を大胆にも皆様が見ている前で。
なるほど塚本さんとはこういう人か、と感心しました。

建築家だらけの雰囲気と、ホテルの豪華さ、
明日に控えたプレゼンにビビりつつも、あっさりと就寝。


札幌アトリエ開設

札幌アトリエ開設

■ 札幌にアトリエを開設いたしました ■

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tel 011-643-0557 
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